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山口地方裁判所 昭和47年(レ)43号 判決

控訴人 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 三弁田重治

被控訴人 関門土地建物有限会社

右代表者代表取締役 波田元

右訴訟代理人弁護士 中谷正行

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二当事者の主張

一  被控訴人の請求原因

1  被控訴人は、控訴人に対し、昭和四五年一月一二日下関市長府町侍町二八三八番地所在の本件家屋を、「期間一年、賃料一ヶ月金八〇〇〇円、毎月末払い、特約として期間満了後は賃料を五分増額する。」との約定で賃貸し、控訴人は被控訴人の承諾を得て、控訴人と内縁関係にある乙山花子を右家屋に居住させた。

2  控訴人は、昭和四五年五月分までの賃料を支払ったが、その後の賃料を支払わない。

3  従って、控訴人は、被控訴人に対して、昭和四五年六月分から同四六年一月分まで一ヶ月金八、〇〇〇円の割合による未払い賃料、昭和四六年二月分から控訴人が乙山花子の退去により本件家屋を明け渡した同四七年八月分まで一ヶ月金八、四〇〇円の各割合による未払い賃料合計金二二万三、六〇〇円より控訴人の差し入れた敷金一万六、〇〇〇円を控除した金二〇万七、六〇〇円の支払義務がある。

4  仮に、本件賃貸借が右期間中に終了したとしても、控訴人が乙山花子の退去により本件家屋を明け渡した昭和四七年八月分まで一ヶ月金八、四〇〇円の割合による未払い賃料および賃料相当額の損害金合計金二二万三、六〇〇円より右敷金一万六、〇〇〇円を控除した金二〇万七、六〇〇円の支払義務がある。

5  よって、被控訴人は、控訴人に対して右金二〇万七、六〇〇円、およびこれに対する本件支払命令送達の翌日である昭和四七年一〇月一一日より完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

なお、控訴人の主張事実を否認する。もっとも昭和四五年の七月か八月ころ控訴人が被控訴人に対して本件契約の合意解除の申込をした事実はあるが、被控訴人はこれを拒絶した。

二  請求原因に対する控訴人の答弁

1  請求原因事実のうち、被控訴人が控訴人に対しその主張の如き約定で(但し、期間満了後賃料を増額するとの特約の点を除く。)本件家屋を賃貸し、控訴人が被控訴人の承諾を得て乙山花子を右家屋に居住させたこと、控訴人が昭和四五年五月分までの賃料を支払ったこと、控訴人が本件賃貸借に関し敷金一万六、〇〇〇円を差し入れたことは認め、右賃料増額の特約の点は不知、その余の点は否認する。

2  控訴人は、乙山花子ともと内縁関係にあったが、その解消に伴い、昭和四五年五月三一日被控訴人との間で本件賃貸借契約を合意解除するとともに、本件家屋を明け渡した。

3  仮に、右合意解除成立の事実が認められないとしても、控訴人のなした右合意解除の申込は借家法第二条所定の更新拒絶の通知に該当するから、本件賃貸借契約は、前記約定期間の満了により、昭和四六年一月一一日をもって終了した。

従って、被控訴人の本訴請求は失当である。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  被控訴人が控訴人に対し昭和四五年一月一二日下関市長府町侍町二八三八番地所在の本件家屋を期間満了後の賃料増額の特約の点を除いて被控訴人主張の如き約定で賃貸したこと、控訴人が乙山花子のために本件家屋を賃借し被控訴人の承諾を得て同女に居住使用させていたこと、控訴人が本件賃貸借に際し敷金一万六、〇〇〇円を差し入れ昭和四五年五月分までの賃料を支払ったことについては、当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、右賃料増額の特約の存在を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  控訴人は、昭和四五年月末頃、本件賃貸借契約を合意解除した旨主張するけれども、≪証拠省略≫のうち右の主張に副う部分は、≪証拠省略≫に照らして信用し難く、他に控訴人の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。かえって、≪証拠省略≫を総合すると、控訴人と乙山花子は昭和四四年七月頃から昭和四五年七月頃まで内縁関係にあったこと、昭和四五年九月頃、控訴人が乙山花子を伴なって被控訴人方を訪れ、乙山花子との内縁関係を解消したので本件賃貸借契約を解除したい旨申し入れたが、すでに控訴人と内縁を解消した同女が依然本件家屋より退去せず、控訴人も同女を本件家屋より退去させないということで被控訴人はこれに応じなかったこと、その頃、被控訴人と乙山花子との間で本件家屋の使用関係について何等の合意も成立していないこと、控訴人は、右申し入れ以降も被控訴人に対して差し入れてあった敷金の返還を請求せず、また乙山花子はその後も居住を続け昭和四七年八月三一日に至って漸やく本件家屋より退去したことが認められるから、控訴人の右の主張は採用し得ない。

三  次に、控訴人は、右合意解除の申込が借家法第二条所定の更新拒絶の通知に該当する旨主張するので、この点について考えてみるのに、本件のような家屋賃貸借の場合、合意解除の申込は当該賃貸借関係の終了を求める意思表示であるから、たとえ、合意解除が成立するに至らなかったとしても、借家法上の更新拒絶の意思表示としての効力を有するものと解するのを相当とする。しかしながら、前記認定のとおり、控訴人は、被控訴人に対し、昭和四五年九月ごろ本件賃貸借契約の合意解除の申込をしたのであるから、右合意解除の申込は、借家法第二条所定の期間経過後になされたものであるため、同条の更新拒絶の意思表示としては無効であり、本件賃貸借は、前示約定期間の満了後更新により期間の定めのない賃貸借となるものと解されるから、これと異なる控訴人の主張は採用し得ない。

四  もっとも、控訴人がさきになした本件賃貸借契約の合意解除の申込は、前記のとおり本件賃貸借関係の終了を求める意思表示であって、特段の事情のない限り、更新後の賃貸借に対する解約申入の意思表示としての効力をも含むものと解するのを相当とする。そして、本件のように借家人たる控訴人のなす解約申入については借家法に特別の規定がないから、本件賃貸借契約は、民法第六一七条所定の期間を経過した昭和四六年四月一二日をもって終了したものといわなければならない。

そして、先に認定したところによれば、控訴人は、もともと内妻乙山花子のために本件家屋を賃借し、同女を本件家屋に居住使用させたのであって、同女は、被控訴人に対する関係においては、控訴人の占有補助者としての地位に立つと考えられるから、本件賃貸借が終了した以上、被控訴人に対する関係において同女が本件家屋の独立の占有者と認め得る特段の事情が存しない限り、控訴人は、同女を本件家屋より現実に退去させるか、或いは信義則上退去させたのと同視できるような特別の措置をとった上で、本件家屋を明け渡すべき義務があると言わなければならない。もとより控訴人が乙山花子との内縁関係を解消したということだけでは被控訴人に対する関係において同女をもって本件家屋の独立の占有者と速断することはできないし、他に同女が右のような独立の占有者と認め得る特段の事情も存しない。それにも拘らず、控訴人が、本件賃貸借の終了後、なお、本件家屋から乙山花子を退去させ或いは右に述べた特別の措置を施していないことは、何ら正当な権原に基づかないで不法に本件家屋を占有使用していることになるから、控訴人は、これによって賃貸人たる被控訴人に生じた賃料相当の損害を賠償する義務を免れないものと解する。

五  そうしてみると、控訴人は、被控訴人に対して、昭和四五年六月分から右賃貸借終了の昭和四六年四月一二日までの未払賃料、ならびに右終了後本件家屋を明渡した昭和四七年八月三一日までの賃料相当の損害金、合計金二二万三、六〇〇円から敷金一万六、〇〇〇円を差し引いた残額、金二〇万七、六〇〇円の支払義務があるものと言わなければならない。

六  結局、被控訴人が、控訴人に対して、右未払賃料ならびに賃料相当額の損害金合計金二〇万七、六〇〇円と、これに対する本件支払命令送達の翌日であることの記録上明らかな昭和四七年一〇月一一日から支払ずみまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める本件請求は理由のあることが明らかであるから、これを認容すべきものである。これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。

よって、民事訴訟法三八四条・九五条・八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 濱田治 裁判官 山本博文 小熊桂)

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